1坪のハグ

「1坪に、安心という体験を編み込む」──空間デザイン会社L&Bが明かす、万博カームダウンルーム開発の舞台裏

2025年大阪・関西万博で設置されたカームダウン・クールダウンルームのひとつ、「1坪のハグ」。その空間デザインを手がけたのが、株式会社L&Bです。今回はプロジェクトをご担当いただいた代表取締役の七種 珠水さんにお話をお伺いします。
ショールームや商業施設、公共空間の設計・施工を担う同社は、徹底した「傾聴力」によって顧客の思いや課題に寄り添い、唯一無二の空間づくりを実践してきました。
本インタビューでは、「1坪のハグ」という象徴的なコンセプトがどのように生まれたのか、多様な専門家との対話の中で得た気づき、そして空間デザインの未来に向けた想いを、「1坪のハグ」検討委員でファシリテーターを務めた中川悠(NPO法人チュラキューブ 代表理事)さんがインタビューしました。


「1坪のハグ」検討委員・デザイン / 設計・施工:七種珠水(株式会社L&B 代表取締役)

聞き手(「1坪のハグ」検討委員・ファシリテーター):中川悠(NPO法人チュラキューブ 代表理事/大阪国際工科専門職大学 工科学部 准教授)


お客様の思いやビジョンに寄り添う仕事。「分析力」を武器に、空間の本質を可視化する

中川さん:
本日はよろしくお願いいたします。まずは、株式会社L&Bがどのような会社で、七種さんがどのような役割を担われているのか、お聞かせいただけますでしょうか。

七種さん:
L&Bは、ショールームやYogibo様の店舗、公共施設などのデザインから施工までを一貫して手掛ける空間デザイン会社です。私自身、ANAの客室乗務員という異業種からキャリアをスタートしました。建築業界の固定概念に縛られずにいられたのは、その経験があったからだと思います。

私の強みは「分析力」です。単にお客様の声を聞くだけでなく、言葉にならない想いの背景や、企業文化、ブランドの本質を多角的に読み解き、空間へと翻訳することが得意です。数字やデータの分析と同じように、人や組織の感情や哲学を整理し、デザインに落とし込む。それによって、単なる“きれいな内装”ではなく、その企業や人の存在意義そのものを体現する空間をつくれるのだと思っています。

「1坪のハグ」というコンセプトの誕生

Yogiboが携わったノエビアスタジアム神戸のセンサリールーム

ノエビアスタジアム神戸のセンサリールーム

中川さん:
今回、万博のカームダウンルームのプロジェクトには、どのような経緯で関わることになったのでしょうか。また、特徴的な「1坪のハグ」というコンセプトはどのように生まれたのですか?

七種さん:

ノエビアスタジアム神戸のセンサリールームをYogibo様と手掛けた経験が大きなきっかけでした。感覚過敏のある方々と向き合い、彼らにとっての「安心」の条件を丁寧に分析することで、空間が人に与える影響を深く理解できたのです。

万博では「1坪」という制約がありましたが、私はそれを“限界”ではなく“最適距離”だと捉えました。人がもっとも心地よさを感じるのは、広さではなく「包まれている」という感覚です。そこから、母親の胎内の温もり、抱きしめられる安心感、指先がそっと触れ合うような繊細な体験を、1坪という空間に凝縮できないかと考えました。

曲線や光、素材のレイヤリングを分析的に組み合わせ、視覚や触覚に働きかけることで「ハグされている感覚」を空間化しています。限られたサイズを、心理的には無限に広がる体験へと変換したいと思ったのです。

多様な専門家との対話から得た「割り切る」勇気

中川さん:
今回のプロジェクトは、多くの専門家の方々とのディスカッションを重ねて進められました。この進め方については、どのように感じられましたか?

七種さん:

非常に貴重なプロセスでした。通常は整理された要件をいかに実現するかが中心ですが、今回は専門家とゼロから議論し、概念そのものを組み立てていく挑戦でした。

特に学びになったのは、「落ち着く」という感覚の多様性です。光が必要な人もいれば、完全に遮断された暗闇を好む人もいる。その多様さを分析する中で、すべての人を一つの空間で満たそうとすることは不可能だと理解しました。

だからこそ、この1坪では“Yogiboが提供するハグのような安心感”に特化するという「割り切り」をしました。複数のカームダウンルームがある万博という環境だからこそ、一つの空間に尖らせた価値を与えることができたのです。

万博を越えて広がる「空間の多様性」への期待

大阪・関西万博 カームダウン・クールダウンルーム「1坪のハグ」

大阪・関西万博 カームダウン・クールダウンルーム「1坪のハグ」

中川さん:
万博でのカームダウンルームの設置が、社会にどのような影響をもたらすとお考えですか?今後の期待についてもお聞かせください。

七種さん:

私は、こうした空間が一過性の取り組みではなく、日常の中に浸透していくことを望んでいます。駅、空港、商業施設、オフィス、そこに“心を休められる場所”が自然に組み込まれる社会。そうなれば、多様な人々がより生きやすくなると思います。

今回の経験で、光や音、素材が人の体内リズムに与える影響を改めて分析できました。サーカディアンリズムを考慮した照明計画は、カームダウンルームに限らず、今後のオフィスや商業施設のデザインにも活かせると信じています。

中川さん:
最後に、七種さんの空間づくりへの想いの原点について教えてください。

七種さん:
私は「環境で人は変われる」という気づき原点となっています。ANAで客室乗務員をしていた頃、限られた空間でお客様の安全と安心をいかに両立させるかを常に考えていました。その経験は、空間における「人の心の状態」を分析する姿勢に繋がっています。

空間デザインの仕事では、家具、光、素材、香りといった要素を論理的に組み合わせながらも、最終的には感情に届く体験を設計することが大切です。私にとってのデザインとは、“感覚の裏側にある心理”を読み解き、それを形にすることなのです。
「1坪のハグ」もその一つ。分析を通して導き出した安心の条件を空間で体現しました。大阪万博をきっかけに、誰もが自分に合った居場所を選べる社会が広がっていくことを心から願っています。

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会社紹介:株式会社L&B 公式サイト

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