大森

正解のない空間に、やさしさを宿す──Yogibo執行役員 大森一弘と考える「1坪のハグ」

誰もが安心して過ごせる空間とは、どのようなものだろう——。
2025年の大阪・関西万博に設置された「カームダウン・クールダウンルーム」。そのひとつとして株式会社Yogibo(以下Yogibo)が手がけたのが、“1坪のやさしさ”を形にした空間「1坪のハグ」です。

ただ製品を置くのではなく、「どうすれば誰かにとって落ち着ける場になるのか?」という問いから始まった空間づくり。
感覚過敏や発達特性、心身の不安を抱える人々の声に耳を傾け、多様な専門家や当事者との対話を重ねながら、Yogiboは“寄り添う空間”を模索してきました。

本記事では、プロジェクトの主催者であるYogiboの大森と、「1坪のハグ」検討委員ファシリテーターの中川さんとの対話から、「1坪のハグ」に込めた想いや、これからの社会に求められる“包み込む余白”について深く掘り下げていきます。


主催者:大森 一弘/株式会社Yogibo 執行役員

聞き手:中川悠(NPO法人チュラキューブ 代表理事/大阪国際工科専門職大学 工科学部 准教授)


Yogiboがカームダウンルームに関わるまで

Yogiboが携わったノエビアスタジアム神戸のセンサリールーム

Yogiboが携わったノエビアスタジアム神戸のセンサリールーム

中川:
まずは、今回の取り組みに至るまでの経緯をお聞かせください。
Yogiboといえば“リラックス”を象徴するブランドですが、カームダウンルームという福祉や配慮の領域に関わることには、少し意外性も感じます。

大森:
きっかけは、これまでそういった文脈での物品協賛の機会が多くあったことです。
感覚過敏や自閉症、障がいをお持ちの方々が利用される空間の中で、「普通の椅子ではなくYogiboを置きたい」とご要望いただく機会がたびたびありました。

その背景には、“ただの家具”を超えた価値──たとえば「安心できる」「身をゆだねられる」といった感覚を、Yogiboが提供できているという実感がありました。

その後、本格的なセンサリールームの企画に携わる機会があり、単なる物品協賛ではなく、「空間づくり」そのものに関わることで、カームダウンルームを新たな視点で捉えるようになったんです。

“1坪”という空間に託された問いと可能性

中川:
そうした背景の中で、万博という大きな舞台に提供されることになったんですね。

大森:
はい。経済産業省が推奨している「合理的配慮」の文脈かと思いますが、万博には8カ所のカームダウンルームが設置されることになりました。
そのうちのひとつを、Yogiboが担当させていただくことになったんです。

私たちが手がけるのは、「1坪の、なにもない空間」。まさに白紙からのスタートでした。
製品を置けば完成、という話ではありません。むしろ、何もない狭い空間が、時に閉塞感を与える可能性さえある中で、「どうすれば誰かにとっての“落ち着ける場”になりうるか?」という問いから取り組みが始まりました。

置くだけでは成立しない”という前提のもとで、空間の意味そのものを見つめ直していくプロセスでした。

定義のないものを、対話で立ち上げる

TANZAQ公式Webサイトより

TANZAQ公式Webサイトより

中川:
“1坪で人が落ち着ける空間をつくる”というのは、大きな挑戦ですよね。どこから取り組みを始めたのでしょうか?

大森:
まず出発点になったのは、「カームダウンルームとは何か?」という定義が、社会的にまだ明確ではないということです。だからこそ、「誰のための空間か?」「どんな状態を“落ち着いた”と呼ぶのか?」という根本的な問いから始めました。

TANZAQ(※)を通じてつながりのある社会団体には、さまざまな分野の専門家がいらっしゃいます。
感覚過敏、神経・脳・腸の多様性、身体障がい、自閉症など、学術から実践まで多様な視点を持つ方々と、これまで5回にわたって対話によるセッションを重ねてきました。

その中で感じたのは、「落ち着ける空間」は本当に人それぞれで、“全員にとっての正解”を求めることが、必ずしも最善ではないということ。

だからこそ、空間に“調整の余地”を持たせることが、安心感につながるのではないか──。そうした視点も、多くの対話の中から生まれました。

(※TANZAQ:Yogiboがスポンサーとして社会課題に取り組む団体に広告を出稿することで、持続的な社会課題の解決を共に目指すプロジェクト)

辿り着いたのは「1坪のハグ」というコンセプト

中川:
そのプロセスの中から生まれた「1坪のハグ」という言葉、とても象徴的です。

大森:
ありがとうございます。
最終的にたどり着いたのは、「1坪の閉じた空間」であっても、”包まれるような感覚”があれば、それは落ち着ける場になり得るのではないか、という仮説でした。

「狭い空間に閉じ込められる」のではなく、「やさしく包まれている」「誰かに抱きしめられている」ように感じられること。感情がコントロールできずパニックになるような状況でも、その空間がそっと寄り添ってくれるような存在であれば、人は安心できるのではないかと。

この考え方は、単なる空間設計にとどまらず、私たち自身が空間にどう向き合い、どう寄り添うかという姿勢にも通じていると感じています。

今回のプロジェクトで最も重要だったのは、「対話」を通じて空間の意味を共に見出していくという発想でした。もし最初から完成形を定めて、「この通りにつくってください」としていたら、おそらく“意味のない正解らしきもの”ができていたと思います。

そうではなく、センンサリールームはもちろん、脳やニューロンの結びつき、腸内細菌叢の多様性、自閉症や感覚過敏、心身の障がいなど、多岐にわたる分野で活躍されている専門家・実践者・当事者の方々が、お互いに感覚や知見を持ち寄ったことで、「こういう在り方もあるかもしれない」という発見が数多く生まれていきました。

それらの発見が、空間のコンセプトに少しずつ集まり、かたちを成していった感覚があります。

「やさしく包み込む余白」が、身近にある未来へ

カームダウン・クールダウンルーム

中川:
この取り組みを通じて、Yogiboとして今後どのように展開していきたいと感じていますか?

大森:
改めて、Yogiboは単なる「モノ」ではなく、快適さや、やすらぎを生む“概念”のような存在なのではないかと感じるようになりました。製品を空間に置くことが目的ではなく、そこにどんな意味を込め、どんな関係性を生み出すかが重要なのだと思っています。

この「1坪のハグ」という空間が、必要としている誰かのそばにそっと寄り添い、その存在そのものが安心感につながる──。そんな場であったら嬉しいですね。

たとえば、広いスペースを確保できない施設もあると思いますが、限られた空間の中でも“包まれる体験”が得られる場所が少しずつ増えていけば、外出に不安を抱えている方にとってのストレスが和らぎ、社会との接点が広がるきっかけになるかもしれません。

そうした空間のあり方を多くの方と共有し、社会に「やさしく包み込む余白」が増えていくことに、少しでも貢献できればと思っています。

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