村中 直人さん

「配慮」ではなく、あたりまえの選択肢に─大阪・関西万博カームダウン・クールダウンルームと“仕組みの変革”への思い(村中直人さんインタビュー)

感覚過敏や神経発達の特性を持つ来場者も、安心して過ごせる場所を──。
2025年大阪・関西万博では、会場内7カ所に「カームダウン・クールダウンルーム」が設置されました。その一つとして株式会社Yogiboが提供したのが、「やさしく包まれる1坪の空間」をテーマにした「一坪のハグ」です。
この空間づくりに、検討委員の一人として携わったのが、臨床心理士でありNeurodiversity at Work株式会社代表の村中直人さん。
「配慮」を超えて、「あたりまえの選択肢」として社会に根づかせるには──。
ニューロダイバーシティの視点から、空間設計と社会の仕組みへの提言を伺いました。

検討委員:村中 直人(Neurodiversity at Work 株式会社 代表取締役/臨床心理士)

聞き手:中川(NPO法人チュラキューブ 代表理事/大阪国際工科専門職大学 工科学部 准教授)

臨床心理士としての歩みと「ニューロダイバーシティ」との出会い

村中 直人さん

中川:
村中さんは臨床心理士として、またNeurodiversity at Work株式会社の代表として幅広く活動されていらっしゃいますが、まずはこれまでの活動の経緯についてお聞かせいただけますか。

村中:
はい、私は臨床心理士として「ニューロダイバーシティ」、そして「叱る依存」という2つのテーマを軸に活動しています。もともとの仕事の出発点は「あすはな先生」という、子どもたちの学習支援事業の立ち上げだったんですよ。
特に発達障害のある子どもたちの支援に力を入れていたのですが、現場ではあまりにも支援者が足りないという現実に直面しまして。そこで、社内研修用に作っていたコンテンツをもとに、10年ほど前に「発達障害サポーターズスクール」という事業を立ち上げました。ウェブ上で学べるオンライン講座や、学習支援の資格制度などを通じて、適切な支援ができる人材の育成に取り組もうと活動を続けてきたんです。

その活動の中で出会ったのが「ニューロダイバーシティ(脳や神経の多様性)」という概念です。発達障害を「障害」という枠だけで捉えるのではなく、もっと広く人間の脳の多様性として捉えるこの考え方は、私の活動の大きな支えとなりました。2015年頃からブログやX(旧Twitter)で少しずつ発信を始め、共感してくださる方が増え、2020年には『ニューロダイバーシティの教科書』という本を出版するに至りました。

中川:
今回のカームダウンルームというテーマには、どのように繋がっていくのでしょうか。

村中:
ニューロダイバーシティは、もともとニューロマイノリティ(神経学的な少数派)の人々による社会運動から生まれた言葉です。私自身、大人の自閉症の方々とコミュニティを運営する中で、感覚の多様性や、それによる生きづらさを抱える方々がごく身近にいることを実感してきました。

また、独学の限界を感じていた頃、SNSを通じて様々な分野の専門家の方々に声をかけ、教えを乞うていたんです。私はこれを「アカデミックナンパ」と呼んでいるのですが(笑)、そのお一人に、国立障害者リハビリテーションセンターの井手正和先生がいらっしゃいました。井手先生はまさに感覚研究の第一人者で、自閉症の感覚過敏のメカニズムなどを教えていただき、この分野への関心がより一層深まっていきました。

「配慮」から「当たり前の選択肢」へ ― カームダウンルーム、センサリールームへの視点

1坪のハグ

株式会社Yogibo提供のカームダウン・クールダウンルーム

中川:
カームダウンルームやセンサリールームという存在は、以前からご存知でしたか?また、今回のディスカッションに参加されて、何か新しい発見はありましたか?

村中:
はい、発達障害の支援領域では比較的知られた概念ですので、以前から知っていました。概念自体に大きな変化はありませんでしたが、今回のディスカッションで橋口さんたちのお話を聞く中で、これまであまり触れることのなかった「運用の話」を深く知ることができたのは大きな学びでした。どういう見せ方をするのか、どう使ってもらうのか、情報の共有をどうするか。どこかに絶対的な正解があるわけではありませんが、実際に機能させるための具体的な議論に触れられたのは非常に有意義でしたね。

中川:
万博でのカームダウン・クールダウンルーム設置については、どのような期待をお持ちですか?

村中:
正直に言うと、私自身は万博というイベントそのものにはあまり興味は無い方なのですが、万博が持つ社会的な影響力は非常に大きいと感じています。ここで設置されるものが「標準装備」として認識されれば、それが今後のテーマパークや他のイベントでの「スタンダード」になっていく可能性があります。

ただし、それが「感覚過敏という特別な人のための、特別な装置」という「配慮」のレベルに留まってしまうと、私が本当に目指している社会の姿には届かないと感じています。

社会のパラダイムシフトに必要な「仕組みの変革」

中川:
「配慮」に留まらない社会とは、具体的にどのようなものでしょうか。

村中:
かつては私も、人々の「意識」を変えることが先決だと考えていました。でも今は、それよりも先に「仕組み」を変えることの方が重要だと考えるようになりました。今の社会は、「人間は皆、似たような存在だ」というニューロユニバーサリティの価値観が、あまりにも当たり前にシステムに組み込まれすぎています。
これを「人間はそもそも多様な存在なんだ」というニューロダイバーシティに基づく価値観を前提とした仕組みに変えていく必要があるんです。仕組み自体が、人々の認識を形作る強烈なメッセージになりますから。
私は今の画一的な「レンガモデル」から、個々の形を活かして組み上げる「石垣モデル」への社会システムの転換が必要だと考えています。例えば、教育現場で言えば、「一斉授業が『教育の本丸である』という考えを放棄すること」、そして「学ぶコンテンツと年齢の『強すぎる紐づき』を緩やかにすること」。この2つを変えるだけでも、子どもたちが日々受け取るメッセージは大きく変わるはずです。

万博が示すべき未来とYogiboへの期待

1坪のハグ

株式会社Yogibo提供のカームダウン・クールダウンルーム

中川:
今回のYogiboの取り組みに関わってみて、どのような可能性を感じられましたか?

村中:
今回のチャレンジは、本当に素晴らしい先行事例だと思います。Yogiboさんが「1坪のハグ」というカームダウン・クールダウンルームを発表した際、X(旧Twitter)では当事者や保護者の方々から「これは現場を分かっている当事者や専門家がいないと生まれない発想だ」と、非常に高く評価されていました。その後、検討メンバーとして私や加藤さんの名前が公表されると「やっぱりそうだったんだ」という声が上がり、ずっと困難に直面されてきている方にとっても説得力のあるカームダウン・クールダウンルームができましたし、専門家たちとYogiboさんが一緒に作り上げてきたからこそ、ブランディングとしても非常に効果的だったと感じました。

中川:
最後に、万博でのカームダウン・クールダウンルームが、今後どのような広がりを見せていくことを期待されますか?

村中:
繰り返しになりますが、これが「特別な人のための特別なもの」で終わらないことが重要です。万博の会場全体が、人間の多様な感覚を当たり前のこととして受け入れ、表現するような仕組みになることが理想ですね。例えば、音の大きさによってエリアが緩やかにゾーニングされていたり、照明や音響を個人の好みに合わせて調節できるのが当たり前になったり。
そうなれば、来場者一人ひとりが「自分にとって心地よい環境は何か」を考えるきっかけになります。万博が、人間の多様性を前提とした社会の仕組みを提示する場となること。それが、私の最大の関心事であり、期待していることですね。

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